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創刊号(2013/9/1) 

新キャンパスでの挑戦

2013年09月01日 08:43 by mimy6522
2013年09月01日 08:43 by mimy6522

 

 九州大学は、設備が古くなっていることなどから、新キャンパスへの移転が計画されてきた。1970年代の、筑紫キャンパスへの移転が取り止められ、2005年度後期から、箱崎、六本松キャンパスの全設備を、福岡市西区の元岡地区に移すことになった。2019年の移転完了を目指す、遠大な計画である。3ステージからなり、第1ステージ(20052007)で工学系キャンパスの移転が完了、第2ステージ(20082011)で全学教育などの移転が行われ、第3ステージ(20122019)では理学部、文学部、教育学部、法学部、経済学部、農学部とその系統の学府が順に移転してくる計画となっている。なお、当初は大学病院の移転も検討されたが、交通の利便性の観点から、病院及び医学部・歯学部・薬学部がある馬出地区は移転しないことになっている。

 それではここで、移転に伴う新キャンパスの建築における創意工夫に触れてみる。各分野の専門家に協力を仰ぎ、まさに今造られゆく建築群には、最先端の技術やデザインが見え隠れして興味深い。以下、前期授業「伊都キャンパスを科学するⅠ」にて紹介された内容からごく一部を抜粋する。 

 

 まずキャンパス移転の構想段階において。キャンパス移転の目的は実は様々に交錯しているところであり(後に詳しく述べる)、キャンパスの構想や移転のテーマも、各分野に異なって存在する。そして異なる目的に向かって創り上げた建築が、結局は伊都キャンパスという1つのゴールに帰結するのだから面白い。諸問題の解決、地域との連携、環境の保全、学生のための移転は、「持続可能な都市と大学の環境の構築」「福岡のあるけん九大たい!九大のあるけん福岡たい!」「九大が来てくれて良かった、伊都キャンに来て良かった、とお互いに思える移転」といったフレーズに彩られ、現在進行中である。更にキャンパスの設計段階において、ちょっとした遊び心が見られて面白い。元々みかん畑だった土地には、生協書店とレストランの合わさった建物がみかんを連想させる丸さと色味で登場し、BigOrangeと名付けられた。地面にくまなく敷き詰められた品のある薄臙脂色のタイルに混じって、グレーのタイルで何本かラインが引かれている。これは、上空から見ると「kyushu-university」と読み取れるバーコードになっているのだそうだ。もちろん、より実用的な設計もたくさんある。雨天時、バスを利用して登校した学生は、バス停から教室まで、傘を差さずに移動することができる。屋根と軒による雨避けが途切れることのないようにデザインされているのだ。他にも、段差のないフラットな設計、車椅子のまま受講できるようスペースが計算された講義室の一角など、さすが新築と言うべきか、ユニバーサルデザインもふんだんに取り入れられている。新しい技術の例としては、伊都キャンパスの強風を活かした風車・風力発電や排水の仕組みなどが挙げられる。キャンパス内8箇所に貯水池が設けられ、土や砂利を用いて吸収・濾過する排水溝が整備されている。特に先進的で、ここでの取り組みが先駆け・モデルとなっている技術であるが、地面に雨水を吸収させ、駐車場の地下に水を蓄え込む仕組みも試験的に導入されている。更に着工段階においても、気付かない心遣いがなされていた。半年間伊都キャンパスに通ったが、工事の騒音や振動について、その存在を意識したことすら、一度としてないのである。この授業で聞いて初めて、教育・研究への配慮として、騒音と振動による不便はかけまいと、工事時間帯や工事方法が考えられていることを知った。

 さて、このようなアイデアは、どういった思いから生み出されたか。近代建築という美術として完成させたい、学校の権威を示したい、より高度で先進的な研究施設が欲しい、新技術を試したい、景観を整えたい、新産業を展開したい。自然保護を訴える団体もあれば、地域の、大学との交流による活性化を謳う者もいる。多様な思惑が混在する中で、やはり学生のためというのがメインの理由だろうか。キャンパスの分離によって生じている、全学教育と専攻教育や大学院教育間のスムーズな連携、共同研究の実施などにおける支障を解消するため。箱崎キャンパスは、福岡空港の近くという立地から、航空機騒音による教育の妨げが問題となっているから。こうして私たち学生のことを思いやって考え出された建築はたくさんある。ただ1つ「惜しい」ことはそういった情報が学生に全く知らされていないことである。「伊都キャンパスを科学するⅠ」はとても人気な授業でありながら、座席数のせいで受けられる学生の数はわずか200名程度に限られる。そして、筆者がキャンパス移転について多角的に学び、掘り下げて考えるきっかけを得られたのは、たまたま受講許可の抽選に当たることができたおかげである。この授業を受けていない学生は移転にまつわる諸々の物語を知りえない。大学側の意図や思考が、その行動の直接の対象であり、最も影響を被るであろう学生たちに、ほとんど伝わっていないのだ。

  ここまで述べたようなたくさんの思考と試行が、狭いキャンパスの中にのみ、もしかしたらその中でも更に狭く窮屈に設計者の頭の中にのみ閉じ込められているというのは非常にもったいない話ではなかろうか。段差のないフラットな廊下や、スライド式で軽く安全なドアに慣れていると、公共の他建築で物足りなく感じることが多々ある。採光に長けた駐輪場の屋根のデザインは、アーケード街のような遮光と明るさを同時に求められる施設に向いているだろう。学生食堂のメニュー表示のように、色と図と文字(複数の言語)を駆使した、誰にでも見やすく分かりやすいデザインと掲示の方法は、電車や地下鉄の駅やホームで活用してみてはどうか。各学部の前に用意された、写真撮影を想定したスポットは、そのまま観光地、市、県の撮影用地を準備する際の参考になる。伊都キャンパスに意識的に取り入れられている、開放的で長く真っ直ぐな廊下と連絡橋は、街路の連続により歩いていく期待感を高める効果があるのだという。一大学のキャンパスにも、広く社会づくり・まちづくりに先駆けている部分がたくさんある。少し視点を変えるだけで、こんなにも社会とキャンパスのつながりが見えて、空想が広がり、わくわくする。そして、まちをキャンパスに透かして見る、キャンパスをまちに透かして見る、こうした楽しみ方ができるのは、キャンパスというまち・社会の中で生活している学生の特権であろう。より多くの学生とこの楽しみを共有し、この楽しみが、社会やキャンパスにとって有益な結果につながるような学生の在り方や働きかけを模索したい。

九州大学 法学部  杉山 沙貴

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