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第2号(2013/10/3)

気ままにクラシック vol.1 欲張り!「全調性」制覇曲集たち

2013年10月02日 23:31 by teratera
2013年10月02日 23:31 by teratera
 先日、大学で何人かからこう問われることがあった。
「クラシックって、どう聞くの?」
私は好んでクラシック音楽を長年聞いているが、即答することが出来なかった。ずっと慣れ親しんできた人々にとっては受け入れやすいものであったとしても、クラシックを聞かずにポピュラーだけを聞いてきた人々にとっては、長い、堅苦しい、眠くなる、そもそも興味が湧かない、などといった様々な障壁が存在するものである。執筆を通して、少しでもクラシック音楽への扉を開く読者が増えることを期待してやまない。
 
 まず私が考えるに、クラシック音楽という概念には一つの大きな誤解があるように思われるのである。本来は、バロック、古典派、ロマン派、フランス印象主義…などさまざまなジャンルのクラシック音楽が、先述のロック、ポップス…などといった個々のポピュ ラー音楽と対応して語られるべきであるのだが、どうしてもクラシックとくくられてしまうと、その巨大さを前にしてとっつきにくくもなるものである。クラシックに対して、ロック、ジャズ、ポップス、…これら本来なら、「ポピュラー音楽」という巨大な音楽体系でまとめられるべき各ジャンルの音楽がまるでそれぞれ独立してクラシック音楽と同様に構成・発展の系譜をもつ音楽の体系として並列して語られている点である。クラシックが何やら堅苦しく仰々しく思われる点は根本的にはここにあるのだ。
 特に日本では、音楽教育においてクラシックを鑑賞すると言っても、その領域はほとんどベートーヴェンからショパンまで、いかにもクラシック、といったバロックからロマン派に限られ、異分野の音楽との交流が始まった近代・現代音楽に触れられることはほとんどない。

 今回は「調性」という点に注目して、3つの「クラシック」でくくられがちな曲集、それぞれの個性を見ていきたい。

 どんなにクラシック音楽を聞いたことのない人でも、「ハ長調」や「ドレミファソラシド」などという言葉は耳にしたことがあるだろう。音楽が登場して現在に至るまで、民族音楽、モードジャズや一部のクラシック、ポピュラー音楽を除けば、ほとんどすべての曲はこのハ長調、やニ短調といった「調性」の上に成り立っている。カラオケで自分が原曲で歌いにくい曲の「キー」を上げたり下げたりする経験がある人も多いだろう。これは曲の「調性」を自分の歌いやすい別の「調性」に変更しているのだ。
 調性というのは、「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ」の7音と、シャープ、フラットなどのついた5音の、合計12音を基準として、さらに長調と短調で2パターン、計24個基本的に存在している。クラシックの作曲家というのは基本的に音色に極めてデリケートで、各調性に対して異なる性質を感じていた。そこがポピュラー音楽と考え方の違うところで、ポピュラー音楽の多くのミュージシャンが年齢の変化で原曲のキーで歌いにくくなった自分の曲を変更して歌う、ということがクラシック音楽ではまず行われない。作曲者はもともと作曲していた時の調性で音楽の調和やドラマを想定しているため、他の調性で曲が演奏されると、曲は想定された雰囲気を失ってしまう。作曲者の意図が反映できなくなってしまうのである。

 いずれにしても調性とはクラシック・ポピュラー関係なく音楽の重要な要素の一つであることは否めない。そして、今回紹介する3つの曲集は、いずれもこの24の調性を満遍なく24曲、あるいはその2倍の48曲に使った曲集なのである。

 まずはバロック時代の作曲家、J.S.バッハ(1685-1750)の鍵盤作品の中でも傑作に数えられる、「平均律クラヴィーア曲集第1巻」。1つの調性につき前奏曲とフーガの2つがあるので計48曲から構成される。バッハ一族は50人以上音楽家を輩出しているが、その中でもJ.S.バッハは「音楽の父」と言われるほど現代においてももっとも業績的に評価されている。バッハはメロディー、ベースライン、ハーモニーなどに音楽を分割するのではなく、それぞれの音域でメロディーのような音楽の流れを複数作ったり、複製したり反転したりして組み合わせる天才であった。聴くときには右手、左手で一体いくつのメロディーがどのように同時に進行しているかを注意しながら聴くと眠くならずに楽しめるだろう。またバッハの場合は楽譜を買ってみるとなお面白い。音は分からくても視覚的にバッハの音楽的構造を読み取りやすくなるし、なによりバッハの場合楽譜が美しく、それ自体が芸術的であるため、買って損はしないはずだ。
 バッハは「いかにもクラシック」の代表であるが、聴き方を工夫すればそこまで飽きずに聴けるし、一生飽きることのない深さを備えている。ぜひポピュラー音楽のCDにまぎれて一枚ケースに忍ばせてもらいたい。

 次に一気に飛んで近代、A.スクリャービン(1872-1915)の初期の作品「24の前奏曲」。スクリャービンはロシアの作曲家、ピアニストだが、先述のバッハの音楽からは強いキリスト教的な「神々しい宗教色」が見られるのに対して、スクリャービンの音楽は、特に後期においてはオカルト的であり、エロティックであり、耽美的だ。実際神智学というオカルティズムの一種に嵌っていたこともあるため、特に音響の面では、「神秘和音」と呼ばれる特殊な不協和音を発明するなど、その神秘性を追求することとなる。

 また、ピアニストとしても優秀であり、ショパンのような繊細な音選びや華やかさも見られる。先述の平均律クラヴィーア曲集に比べて表現のダイナミックな変化が24曲を通して続くため、長編映画を通じて主人公、あるいは自分のこれまでの人生や、気持ちの変化を思い起こすような心持ちでいると面白いだろう。特にスクリャービン初期にみられる、ショパンほど王道ではないがそれに勝るとも劣らないロマン派的な美しいメロディーに注目して楽しんで欲しい。自身が優れたピアニストだったためかスクリャービンの作品にはピアノ曲が多く、中でも右手と左手のメロディーとベース・ハーモニーパートのリズムをわざとずらすという構成を好み、それがスクリャービン独特の響きを生むことにつながっている。「24の前奏曲」ではまだスクリャービンのオカルトチックな面はあまり表出していないため、彼のディープな世界に浸りたいと思った方は「法悦の詩」などを聴いてみてはどうだろうか。調性が崩壊していて聴く人を選ぶとは思うが、宗教的・肉体的エクスタシーをテーマにした生々しい曲なので、そのようなイメージをしながら聞くと面白いのではないだろうか。


 最後に現代、まだ存命の作曲家N.カプースチン(1937-)の「24の前奏曲」。カプースチンはウクライナの作曲家で、ジャズの影響を強烈に受けた作風が特徴である。クラシックの音楽院に行ったのに最初はビッグバンドのピアニストをしていたという、クラシックの作曲家としては変わった経歴のせいか、ピアノ曲にもビッグバンドの全セクションをピアノ一台に詰め込もうという姿勢が見られ、その分曲の難易度は著しく高い。ロックジャズからブルースまでクラシックの語法と混ざったジャンルは幅広く、ビート感は今回取り上げた3曲集随一である。リズムの強調の仕方ひとつとっても普通のクラシックとは違う。また、和音やメロディーの進行において、テンションやブルー・ノートといったポピュラー音楽で使われる音を使ったり、ジャズの即興的なフレーズをそのままメロディーにする思い切った作品が多い。即興的に聴こえて一音漏らさず楽譜に書きこまれているのはクラシック音楽の作曲家たる所以である。少し変わり種のポピュラー音楽を聞いていると思って聴くのが丁度いいだろう。バッハのように聴くと疲れてしまうし、スクリャービンほどダイナミックな変化はない。ロックバンドやブラスバンドをピアノに凝縮したような力強さと輝きがあり、ポピュラー音楽になじんでいる人なら一番入りやすい作曲家だろう。同じ系統にガーシュウィン(1898-1937)が挙げられるが、こちらはクラシック色が強いので、好みによって聴き分ける方がいいだろう。ガーシュウィンは「のだめカンタービレ」でも使用された「ラプソディ・イン・ブルー」の作曲者として知られている。

以上、3つの曲集を紹介させていただいた。通して聴くと40分近く或いはそれ以上あるが、一曲一曲で見れば、中には1分にも満たないものもある。好みの曲をじっくり、短い時間で聞いたり、あるいは寝る前に1曲集丸ごとゆったり楽しんだり、勉強に集中するために聞いたり…など、いずれも汎用性の高い曲集だと言えるし、音楽的完成度も高い。

気難しく考えることはなく、ポピュラーもクラシックも同じ音楽なのだ。自分にあった聴き方や、作曲家、演奏家は必ずクラシック音楽300年の歴史が一人ひとりに答えてくれるはずだ。貴方にとって、クラシック音楽がより身近になることを祈って。

 

大阪大学経済学部 伊藤優作

 

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次回は、曲の長さに注目して、マーラー、ベートーヴェン、ワーグナーの「巨大な作品群」を取り上げます。

                                                 

 

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